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Special vol.29

マイケル・ジャクソン特集

Michael Jackson

今年6月25日に突然、この世を去ったKing of Pop、マイケル・ジャクソン。 4歳で初ステージを踏み、11歳で全米チャート1位を記録し、史上最高額の所得を得たエンターテイナーとして、 史上最も成功したエンターテイナーとしてギネス・ワールド・レコーズに認定された彼は、疑いもなく天才である。 確かに、彼の一生は天才の運命そのものだった。天才といえば聞こえはいいが、多くの社会的批判を受けながらも、 彼の音楽世界へののめり込みは壮絶なる努力の賜物だったことを、彼の存命中にどれくらいの人々が感じていただろうか? 50歳でステージを降りた天才の軌跡は、我々に何を知らしめてくれるのだろうか?

モータウン最後の砦

 マイケル・ジャクソンとは何者だったのか?09年6月25日以降、繰り返される問いに明確な答えは出ていない。ここではまず、その疑問を抱いた方々の一助となるべく、彼の歩みをもう1度振り返ることにする。

 マイケル・ジャクソンと兄弟たちは、60年代に栄華を極めたモータウン・レコーズの最後の砦のひとつだった。ジェイムス・ブラウンのミニチュアのようにソウル・ミュージックの規範に正しく則ったファンキーでパワフルなダンスを舞い、愛くるしくポップに歌うマイケルを看板としたジャクソン5。モータウンが独自のスタイルを貫いて大成功に導いた例は、ほぼ彼らの時期で途絶えることになる。グループが登場した69年は様々な意味での分岐点であり、70年代の到来と共にニュー・ソウルが台頭し、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーら、モータウンの看板スターたちもその流れを創り出す立場となる。文字通りヒット・ファクトリーから量産される形のポップ・ミュージックは、個々の価値観が多様化する時代にそぐわなくなりつつあった。とはいえ、一夜にしてガラリと様相が転換したのではなく、ジャクソン5がシーンに現れたと同時に連発した、「帰ってほしいの」から4曲の全米No.1は、そのままプレスリーやビートルズの登場時に通じるマスヒステリカルな人気ぶりを示しているし、それらが今日までスタンダードなポップスとして高い完成度を保っているのは否定できない事実だ。マイケル・ジャクソン当時の映像などを観ると全身を使って弾けるように踊り、あらん限りを託して歌う姿は実に健気で感動的であり、観客の熱狂を誘いどこまでも熱い視線が注がれたのも充分頷ける。自らのパフォーマンスが人々の微笑みを誘うーわずか10歳の少年の心に芽生えたエンターテイナーとしてのプロフェッショナルな資質と気質とは、その生き方を定めたのではないだろうか。誰かを歓ばせるために最善の努力をする、それが成就するのが自身の最大の歓びである。マイケル・ジャクソンは、そんな人生を選んだ。そして、自我の発露と共にモータウンとの別れを迎える。

新天地へ

 グループがジャクソンズとして選んだパートナーが、大手CBS(現ソニー・レコード)系列にあるエピックであった。彼らは当時の大きな潮流を築いていたフィラデルフィア・ソウルに接近し、名匠ギャンブル&ハフを迎えて『ザ・ジャクソンズ・ファースト』(76年)と『ゴーイング・プレイシズ』(77年)を発表する。流麗なストリングスを導入するなどクラシックの要素も取り入れ、多彩で洗練されたスタイリッシュなサウンドを以て幅広いファン層に訴求していたフィリー・ソウルのアーティストたちは、同時にオージェイズを筆頭として人種問題などに関し崇高なメッセージ性を伴っていた。この点はまた、後のマイケル・ジャクソンに別の視点の創作を促すポイントになったように思う。ほぼメンバーだけでプロデュースを行なった78年の『デスティニー〜今夜はブギー・ナイト〜』でひとつの区切りをつけたように、マイケル・ジャクソンはソロ作品に着手する。モータウン時代から「ベンのテーマ」を初めとする佳曲をソロとしてヒットさせてきた彼は、この78年、ダイアナ・ロスとの映画『ウィズ』でクインシー・ジョーンズとの運命的な再会を果たす。ジャズや映画のサウンドトラックで手腕を発揮してきたジョーンズだが、その幅広く息の長い活動ぶりは音楽面と同時にビジネス・マンとしての才覚の高さも示している。空前のディスコ・ブームを踏まえてジョーンズとジャクソンとは、ダンス・ミュージックの大衆性を活かした実にハイ・クォリティーな作品集を送り出す。時は79年。『オフ・ザ・ウォール』、である。
 ダンス・ミュージックにヒット・レコードとしての可能性を問い直し、同時にレコーディング・テクノロジーの粋を集めて、いかにソウル・ミュージックの肉感性を封じ込めるかーそんなテーマ性を感じさせる『オフ・ザ・ウォール』は収録楽曲の粒の揃い方から、No.1を2曲含む計4曲の全米トップ10ヒットを生む。76年の『噂』(フリートウッド・マック)から顕著になり、『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』のサントラで決定的となった、ひとつの作品集から多数のシングルを展開する手法である。実のところジャクソンのヒット曲パターンのすべてがこの時点で集約されていた。


『スリラー』〜奇跡の一枚

 ジャクソンズとしての『トライアンフ』(80年)をはさみ、82年、歴史を変える一枚=『スリラー』を発表。延々と繰り返されるシングル・カットは7枚に及び、そのすべてが全米トップ10にランクされた。新たに加えられた最重要点はエポックメイキングなビデオ・クリップであろう。とりわけ最後のシングルとなったタイトル曲で製作された映像は、際立ったストーリー性や特殊メイク、そしてマイケル・ジャクソンそのものを記号化するゴースト・ダンスなど特記すべき要素に溢れている。MTV隆盛時代と交差したことなどが、『スリラー』の持つポテンシャルを最大級にアピールし、全世界で売れ続けた。単体で1億枚ともされる総セールス数は未来永劫破られぬ金字塔となる。もちろんその過程には、「スリラー」を主軸としたビデオ・アルバムの発売や、モータウン25周年イヴェントでの「ビリー・ジーン」の歴史的なパフォーマンス(多くはそこで彼の”ムーンウォーク”を初めて目撃し驚愕する)、そしてジャクソンズとしてのアルバム『ヴィクトリー』に伴うコンサート・ツアーなどの話題などの背景を抜きにはできない。それでも『スリラー』というレコードが成し遂げた偉業は誰にも覆せないものなのだ。

 成功したスターの責務とみなされる人道的活動にも邁進したジャクソンは、85年の「ウィ・アー・ザ・ワールド」(U.S.A. フォー・アフリカ)での中心的な役割を果たし、この姿勢は後の「ヒール・ザ・ワールド」や「アース・ソング」に反映されている。
 パターンとしては『スリラー』をそのまま踏襲した87年の『バッド』でも成功は繰り返される。そこでは、新しいブラック文化で次代を切り拓くことなるヒップホップとの対峙や、改めてテクノロジーをいかに血と肉とを踊らせるグルーヴに転化するかという野心的な試みがなされていた。『バッド』に伴い実現した来日公演で、彼が変わることなく超一流のステージ・パフォーマーであることが証明される。どれほどスーパー・スターとして巨万の富と名声を得ようとも、舞台でシャウトし囁き、そして誰にもできないダンスを舞うとき、彼はひとりのエンターテイナーとして最善を尽くした。踊れる身体を維持し続け、サーカスに匹敵するアクロバットや舞台効果で人々をスペクタクルへと誘う、まさしく本物のプロフェッショナルを全うするため、彼が費やした努力の時間を私は想像すらできない。

 91年の『デンジャラス』ではクインシー・ジョーンズと別れ、ニュー・ジャック・スウィングで時代の寵児となったテディ・ライリーらと組む。先駆者だった人物が、自身の築いた標準で状況が成立した後に新たな革新を生み出すのはいかに困難か。シーンがジャクソンに次の10年を牽引する立場を担わせることは、なかった。ヒッツ・コンピレーションとの企画作品的な『HIStory PAST, PRESENT AND FUTURE BOOK 1』(95年)の後、01年に届けられた『インヴィンシブル』では、やはりその時点の旬の人材としてロドニー・ジャーキンスらを起用する。結果的にはそれが生前最後のオリジナル・アルバムとなった。09年3月、ロンドンでのコンサートを行なうと発表。復活の場に世界の注目が集まる中、同年6月25日、ロス・アンジェルスの自宅で倒れ還らぬ人に。50歳。

 マイケル・ジャクソンとは何者なのか?凡庸なもの言いだが、その問いには投げかける人の数だけの答えがあり、彼の業績が振り返られる度に新たな賛同者や反発者が生み出され、問いもまた繰り返されるのである。過去の真に優れたアーティストたちが、みなそうであるのと同様に。

矢口清治(やぐちきよはる)

ディスク・ジョッキー。現在NHK-FM 『ミュージック・プラザ〜洋楽ヒット・グラフィティー』担当。これまで『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『アドリブ』などに寄稿。エルトン・ジョン、ビリー・ジョエル、セリーヌ・ディオン、ホイットニー・ヒューストン、フィル・コリンズ、バリー・マニロウなどのアルバムでライナー・ノーツを執筆。


最期のコンサート”THIS IS IT”がリハーサル映像により奇跡の映画化が公開!今年の夏、ロンドンのO2アリーナで開催されるはずだった彼のコンサート”THIS IS IT”。本作は2009年4月から6月までの時間の流れを追いつつ、百時間以上にも及ぶリハーサルと舞台裏の貴重な映像から構成される。幻となったロンドン公演の監督を務めていたケニー・オルテガが映画も監督。2週間限定で全世界同時公開される。誰も知らない彼のプライベートな素顔と、コンサートに懸ける姿!天才と謳われた彼の舞台裏で見せる素顔、完璧を追い求めた彼のシンガー、ダンサー、クリエイターとしての姿、そして長年に及ぶスタッフ達との友情と深い絆を、我々はスクリーンで目撃する。

■ケニー・オルテガ監督談

この映画は彼のファンたちへの贈り物です。コンサート映像を編集していて気づいたのですが、この映像には、驚異的でユニークかつ特別な何かがあります。マイケル・ジャクソンがとてもプライベートで、限られた人々にしか見せなかった、創造的な天才の世界を垣間見させてくれるのです。ファンたちは、いまだかつて見たことのないマイケル・ジャクソンの姿に邂逅することとなるでしょう。それは製作の現場にいる偉大なアーティストとしての彼の姿です。コンサートとしての「THIS IS IT」は、観ることはできなくなってしまいましたが、本作によって、マイケルの貴重な肖像を披露することができるのです。最後のカーテン・コールの準備まで入念にしていたマイケル。このコンサートは彼の最高傑作となっていたでしょう。

監督:ケニー・オルテガ
振り付け:トラビス・ペイン
音楽監督:マイケル・ビアーデン / プロデューサー:ランディ・フィリップス
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

オフィシャルサイト

予告編動画を見る 本編抜き映像
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マイケル・ジャクソン年表

1958 8月29日 マイケルジャクソン(本名マイケル・ジョセフ・ジャクソン)、キャサリンとジョー・ジャクソンの間に9人兄弟7番目として、インディアナ州ゲイリーで誕生
1962 4歳のマイケルを含む5人組グループ=ジャクソン5として地元で人気を集めタレント・コンテストで優勝
1966 ジャクソン5 地元レーベルからシングルを発売
1969 10月 ジャクソン5のモータウン・レコードからのファースト・シングル「帰ってほしいの」リリース ここから4曲連続全米No.1という離業で華々しくシーンに登場
1971 初のソロ・シングル「ガット・トゥ・ビー・ゼア」を発表 全米第4位のヒット
1972 ソロ・シングル「ベンのテーマ」で全米No.1を獲得
1973 ジャクソン5 来日コンサートを行なう
1976 兄弟はジャーメインを残しエピックに移籍 ランディを加えグループ名を「ジャクソンズ(The Jacksons)」に改める
1977 ダイアナ・ロス主演のミュージカル映画『ウィズ』に出演  旧知のプロデューサーのクインシー・ジョーンズと再会
1979 8月10日 エピック・レコードからのソロ・アルバム『オフ・ザ・ウォール』を発表 「今夜はドント・ストップ」を初め2曲のNo.1を含む4曲の全米トップ10ヒットを生む
1980 ジャクソンズとしてのアルバム『トライアンフ』発表 ツアーも敢行
1981 マイケル個人として日本のスズキのオートバイ”ラヴ”のTV-CMに出演
1982 11月30日 『スリラー』発表
後に発表される「ビリー・ジーン」「今夜はビート・イット」「スリラー」ら計7曲のシングル・ヒット やタイトル曲のショートフィルム、さらにはモータウン25周年番組でのパフォーマンスなどの継続的な話題に支えられ爆発的なセールスを記録 世界で最も売れたアルバムに
1983 5月16日 レーベルの設立25周年記念TV番組『Motown 25』放送 ジャクソンズのパフォーマンスのあと、マイケルが「ビリー・ジーン」を披露
驚異的なステップ=ムーンウォークが初公開され、伝説的なステージとなった

12月 世界一有名なショート・フィルム「スリラー」公開
ポール・マッカートニーとのデュエット「セイ・セイ・セイ」が全米No.1に
1984 7月 ジャクソンズ アルバム発表に先駆けた『ビクトリー』ツアー開始
1985 1月28日 アフリカへの募金を目的とした「ウィ・アー・ザ・ワールド」を録音
USA・フォー・アフリカなるビッグ・スターを集めたスペシャル・プロジェクトで歌われ世界的大ヒットに マイケルは楽曲提供なども含め中心的な役割を果たす
1986 9月19日 アメリカ・ディズニー・ワールドとディズニーランドで、ジョージ・ルーカス/フランシス・フォード・コッポラとの共同作業/マイケル・ジャクソン主演3D映画アトラクション『キャプテンEO』公開(日本では87年3月20日)
1987 8月25日 アルバム『バッド』発表 「キャント・ストップ・ラヴィング・ユー」を初め5曲が全米No.1に

9月12日 初のソロ・ツアーとなる『バッド』ツアーが日本からスタート
1988 4月20日 初の自伝『ムーンウォーク』発売

5月 ネバーランドに引っ越し

10月 主演映画『ムーンウォーカー』公開
1989 1月24日 『バッド』ツアー終了
タイトル曲に妹ジャネットと共に参加したジャクソンズのアルバム『2300ジャクソン・ストリート』発表
1991 11月22日 アルバム『デンジャラス』を発表
1992 6月27日 『デンジャラス』ツアースタート
スタッフ235名、トラック80台、ジェット機2台を使用した大規模なツアー(93年の児童虐待疑惑の心労により中断)
1994 5月26日 スーパースター、エルビスプレスリーの娘リサ・マリー・プレスリーとドミニカ共和国で結婚
1995 6月16日 「HIStory Past, Present And Future Book1」発売
過去のグレイトヒッツと新曲15曲を収録した2枚組アルバム
1996 1月 リサ・マリーとの離婚を発表

9月7日 『ヒストリー』ツアー、スタート。

11月14日 オーストラリアで看護婦のデビー・ロウと結婚
1997 2月13日 デビーとの間に長男プリンス・マイケル・ジャクソン・ジュニア誕生

4月 ミニ・アルバム『Blood On The Dance Floor/ HIStory In The Mix』リリース
前半の5曲が新曲、8曲がヒストリーのリミックス

10月15日 『ヒストリー』ツアー終了
1998 4月3日 デビーとの長女パリスが誕生
2001 9月7・10日 ニューヨーク・マジソン・スクエア・ガーデンで『マイケルジャクソン30周年記念ソロ・イヤーズ』公演開催 多数の有名アーティストが参加

10月29日 アルバム『インヴィンシブル』発表 同時に全作のリマスター・ヴァージョンも発売
2003 2月3日 イギリスで、マーティン・バシールによるインタビュー番組『Living With Michael Jackson』が放映され、大反響(視聴率53.9%)
2月6日にはアメリカで、2月24日には日本でも放送
マイケル本人はこの番組の内容に不快感を表明

11月 主に各国のチャートで一位になった曲と、新曲「ワン・モア・チャンス」を加えたアルバム『NUMBER ONES』が、UK11月17日、US11月18日、日本では19日に発売
この日とほぼ同時期に、マイケルが再び児童性的虐待で訴えられ家宅捜査を受ける
その後被告と呼ばれる期間が合わせて1年半に及ぶ
2004 12月15日 ジャクソン・ファイブ期から04年までの代表的ヒットを4枚に収め(未発表曲も多く含む)、「デンジャラス」ツアーのブカレスト公演の映像を収録したDVDと合わせたボックス・セット『The Ultimate Collection』発売
2005 6月13日 10件の起訴事実に関して、全てに無罪判決が下される
2006 5月26日 MTVビデオ・ミュージック・アウォード・ジャパンに出席するため8年ぶりに来日
レジェントアワードを受賞し、その後も養護施設を訪れ、渋谷で買い物をし、バラエティー番組『SMAP×SMAP』に出演するなど6月2日まで滞在
2008 2月19日 発売から25周年を記念しリミックスや未発表曲を収録した『スリラー 25周年記念盤』が発売
2009 3月 ロンドンにおける最後のコンサートの開催を発表 
6月25日 ロス・アンジェルスの自宅で倒れ死去

10月28日 幻となったロンドン公演のリハーサル・シーンなどを収めた映画『THIS IS IT』公開 
同時に未発表作品「THIS IS IT」を含むアルバム『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』発売

最新アルバム『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』

このたび発見された、マイケルのヴォーカル・トラックの入った過去未発表音源(制作された当時から偶然「THIS IS IT《というタイトルの曲でした!)に、新たにジャクソンズのコーラスと50人編成のオーケストラが加わって完成したこの新曲は、まさに映画のクロージングに相応しい感動的な名バラードとなっています。 なお、この曲が収録される最新アルバム『マイケル・ジャクソン THISIS IT』の収録曲リストも発表された。10/28映画公開と同日発売!!

復活ロンドン公演開幕にあわせ、あの名盤の数々が遂に世界初の紙ジャケCD化!

*2001年デラックス・エディション発売時のマスター音源を使用

■マイケル・ジャクソン

  • 『オフ・ザ・ウォール』 2001年デジタル・リマスター音源 * /1979年作品/ 9 bonus materials 収録

    クインシーとの蜜月が生んだ最も黒い宝石。全世界売上げ枚数2000万枚(日本50万枚)1枚のアルバムから4枚の全米TOP10シングルを送り込んだ史上初のアルバム。

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  • 『スリラー』 2001年デジタル・リマスター音源 * /1982年作品/ 12bonus materials 収録

    キング・オブ・ポップへと羽ばたく瞬間の記録。全世界売上げ枚数1億500万枚(日本250万枚)、人類史上最も売れたアルバム。

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  • 『バッド』 2001年デジタル・リマスター音源 * /1987年作品/ 7 bonus materials 収録

    万人が持つMJ 像をMJ 自身が忠実に体現。全世界売上げ枚数3000万枚(日本100万枚)。同一オリジナル作品から5曲連続のNo.1シングルを生んだ史上初にして唯一のアルバム。

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  • 『デンジャラス』 2001年デジタル・リマスター音源(海外アナログ盤を基に再現)* (1991年作品)

    テディ製ビートとMJ様式美がマッチ。全世界売上げ枚数3100万枚(日本85万枚)クインシー・ジョーンズを離れ、ニュー・ジャック・スウィングの創始者テディ・ライリーとタッグを組んだ作品。

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  • 『ヒストリー パスト、プレズント・アンド・フューチャー ブック1』 2009年デジタル・リマスター音源(2CD) (1995年作品)

    個人的な叫びすらポップスへと昇華。全世界売上げ枚数1800万枚(日本85万枚)ベスト・アルバムとニュー・オリジナル・アルバムの2枚組構成作品。

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■ザ・ジャクソンズ

  • 『ザ・ジャクソンズ・ファースト 〜僕はゴキゲン』 2009年デジタル・リマスター音源 (1976年作品)

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  • 『ゴーイン・プレイシズ 〜青春のハイウェイ』 2009年デジタル・リマスター音源 (1977年作品)

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  • 『デスティニー 〜今夜はブギー・ナイト』 2008年デジタル・リマスター音源 * (1978年作品) bonus track2曲収録

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  • 『トライアンフ』 2008年デジタル・リマスター音源 * (1980年作品) bonus track3曲収録

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  • 『ザ・ベスト・ライヴ』 2009年デジタル・リマスター音源:2CD * (1981年作品) bonus track1曲収録

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  • 『ビクトリー』 2009年デジタル・リマスター音源 (1984年作品)

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マイケル・ジャクソンステーション

惜しくもこの世を去ってしまった偉大なるアーティスト、マイケル・ジャクソン。音楽の楽しさ、美しさ、素晴らしさをデビュー当初から発信し続け、ファンだけでなく、たくさんのアーティストにも影響を与えた彼の名曲を集めた番組を編成いたしました。

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【最新アルバム】マイケル・ジャクソン THIS IS IT

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応募期限:11月11日まで

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